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停波時点選択の「効率性」分析

 結局残る問題は、視聴者を含めて国民全体の観点から「停波をどの時点で実施すべきか」になる。この問題は(公的政策一般の場合と同じく)「効率性」と「公平性」という2つの観点から考える必要がある。効率性とは、国民全体を集計した利害の規準であり、各個人の損得は考えない。これに対し公平性は、国民1人1人(あるいは視聴者・事業者などそれぞれの立場)についての損得、すなわち国民階層間の所得再分配を問題にする。

 「停波時点の選択に関する効率性分析」とは、停波時点をたとえば1年だけ変更することが国民全体にどのようなプラス・マイナスの影響を与えるかの問題である。停波をτ年から(τ+1)年に変更すれば、まず停波時に残るアナログ機について受信環境を維持するための費用(チューナー供給費用)を節約できる。これが「停波延期のプラス効果」である。

 他方で停波を延期すると、国民が「1.7兆円の価値を持つ電波という資産」を手に入れる時期が遅れるという「マイナス効果」をもたらす。その大きさは、1.7兆円の資産を市場で運用したときの収入、すなわち1.7兆円 ×(年間利子率)で表すことができる。いま利子率として、銀行の大企業向貸付利子率である年2.3%強に、年間インフレ率マイナス0.1%を考慮し、「年2.4%」という数字を採用しよう。この場合132MHzの電波は、年間417億円(=1.7365兆円×0.024)の利益を生み出す資産に相当する。

 上記「停波の1年延期から生ずるチューナー供給費用の節約額」と、「電波利用の遅れから生ずる逸失利益額」の「差(純利益)」を2010~2020年の各年について計算する。図8が示すように、純利益の年当たり変動が2011年末から2012年末への延期の場合にプラスからマイナスに転じる(ゼロに近い値をとる)。この結果から、国民経済全体にとって最も効率的な停波時点は2012年半ば、と結論づけられ、これは2011年7月にかなり近い(1年の差は誤差範囲であろう)。すなわち現在予定されている「2011年7月の停波」は、国民経済全体の効率性から考えると最適に近い選択になっている。

停波時点選択の「公平性」分析

 次に公平性について、すなわち「2011年7月の停波」が国民それぞれの所得・支出に及ぼす影響を考える。もとよりテレビのデジタル化とアナログ停波は、多種多様な経路で国民それぞれに影響を与えるが、ここでは停波に伴う「テレビ受信環境の維持」と「新たな電波の創出がもたらす所得の再配分」に限って論じる。

 まず「新たな電波」は、デジタル化と停波によって作り出された資産であり、「国民共有資産あるいは国有財産 」と考えるのが適切である。その使用権をオークション(入札)によって事業者に配分すれば、これは市場メカニズムを使った国有財産の払下げに相当する。国民は電波資源に代えて1.7兆円の臨時収入を入手し、その分だけたとえば減税を期待することができる。他方、従来からの電波割当方式である比較審査によって同電波の使用免許を発行すれば、それは実質的に無償に近い代価での払下げになる。もちろん形式上は電波利用料の支払義務を伴う有限期間の利用免許になっているが、ほとんどの場合免許期限後の反覆更新が認められている。また現行電波利用料率を新しい電波132MHzに適用して得られる利用料額は、同電波の年間価値である417億円の数十分の1にすぎず、「無償に近い」と言って差支えない。したがって2011年7月の停波により、新たな電波の割当を受ける事業者が、1.7兆円分の資産を実質上無期限に使用する権利をほぼ無償で入手することになる。

 他方で同時点の停波は、先に述べたように約5,600万台のアナログ受信機を使用不可能にする。これらについて停波以前の視聴環境を維持するためには、3,200億円程度の費用でデジタルチューナーを用意しなければならない。これを同アナログ受信機の保有者が自己負担する場合には、所得がその分だけ一時的に減少する。またもし政府がチューナー費用を補償すれば、結局は国民全体が負担することになる。

 以上を要するに、「一方で兆円単位の電波資源を創出し、その無期限使用権を無償に近い代価で事業者に割当てるために、他方で国民の一部あるいは全部が数千億円の一時支出を負担する」という不公平を生ずることになる。

 議論の結果をまとめておこう。本稿の試算は、「効率性」の点からすれば2011年7月の停波がおおむね正当化できることを示している。同時点で新しい電波を手に入れ、無線インターネットをはじめとする新サービスを開始することは、アナログ受信機を生かして使うためのデジタルチューナー生産費用を考えても十分にお釣りが来るのである。言いかえれば同時点での停波は、情報通信部門から生産される付加価値(GDPの構成要素)を最大化し、これによって日本経済の成長に貢献できる。しかしながら他方で、2011年7月の停波は、国民の異なる階層の所得に数千億~兆円単位に及ぶプラスあるいはマイナスの影響を及ぼす。その補正を怠ったままで停波に進むと、当然ながら直前になって抗議、停波延期要求、補償要求などが続出し、社会的混乱を生ずる可能性が大きい。つまり2011年7月という停波時点の選択について、効率性に基く結論と公平性に基く結論が一致しない。

 この点を考えた上でどのような政策オプションがあるかについて、そして諸外国とりわけ米国のテレビデジタル化について、次回は考えてみたい。

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Hajime Oniki
ECON, OGU
6/8/2008
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