TRIZ/USIT 解説・紹介
連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ
第12回 知識ベースを活用するTRIZ(6)
問題に応じた発明原理を知る「矛盾マトリックス」
中川 徹 (大阪学院大学)
InterLab (オプトロニクス社), 2006年12月号 (No. 98), pp. 32-35
許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2006.11.29]

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編集ノート (中川徹、2006年11月25日)

本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第12回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。

同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 277 KB)

また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。

なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。

目次:

導入

1.  はじめに: 「問題のタイプ」の考え方

1.1  「問題のタイプ」の種々の考え方
1.2 アルトシュラーの問題分類法

2.  アルトシュラーの矛盾マトリックス: 構成法と使い方

2.1 アルトシュラーによる作成法
2.2 矛盾マトリックスの使い方
2.3 使い方の実際的な注意
2.4 矛盾マトリックスの評価の歴史

3.  新版 Matrix 2003

3.1 Matrix 2003の作成
3.2 Matrix 2003のパラメータ
3.3 問題から発明原理へよりやさしく
3.4 Matrix2003の有効性の検証
3.5 ソフト開発と非技術領域のための矛盾マトリックス


 

第12回

知識ベースを活用するTRIZ(6)

問題に応じた発明原理を知る「矛盾マトリックス」

 

大阪学院大学 中川 徹

InterLab誌, 2006年12月号 (No. 98), pp. 32-35

 

 いままで5回にわたり、TRIZが活用している知識べースについて話してきました。知識ベースの全体を話し、科学技術原理の知識ベース(Effects)技術システムの進化のトレンドの知識ベース機能目標から実現手段を知る知識ベース、そして、前回には「40の発明原理」を説明しました。

  アルトシュラーが膨大な数の特許から抽出して発明のエッセンスをまとめたものが、「40の発明原理」でした。それは分野を越えた形で表現されており、さまざまな創造的な考え方のエッセンスを簡潔にまとめたものでした。

  多くの人たちがそれに親しみ、いろいろな分野での考え方を整理して理解するのに使い、また、新しいアイデアを創り出すヒントとして活用してきました。

  しかし、アルトシュラーが「40の発明原理」とその有用性を示した直後から、彼はいつも同じ質問を受けました。

  「発明原理が40あるなら、自分の問題にはどの発明原理を使えばよいのですか? どの発明原理を使えばよいかを、どのようにして知ればよいのですか?」

  この質問に答えようとして、アルトシュラーはさらに膨大な特許分析を行いました。そして、「どんな問題の場合に、どの発明原理がいままでよく使われたか」という知識を整理した知識ベースを創ったのです。

  これが「アルトシュラーの矛盾マトリックス」と呼ばれるものです(最近その知識べースの内容が大幅に刷新されました)。今回は、この「矛盾マトリックス」の考え方と使い方を説明しましょう。

1.  はじめに:「問題のタイプ」の考え方

 さて、上記の典型的な質問に答えるにはどのように考えたらよいのだろう? 「ある人のある問題に対して、どの発明原理を推奨するのか?」 それにはともかく、その問題が「どんな問題なのか?」をはっきりさせることが必要である。問題を分類して、そのタイプを区別することが必要である。

1.1 「問題のタイプ」の種々の考え方

  いま、技術革新を必要とするような種類のさまざまな問題を想定して、それらを分類するための多種の考え方を挙げてみると以下のようなものがあろう。

(a) 学術的分野による分類:機械、電気・電子、化学、情報など、あるいはそれらをさらに細分化していったもの。

(b) 製品分野による分類:鉄道車両、自動車、ロボット、プラスチック、など。また、(自動車の)エンジン、パワートレイン、クッションシステムなどの細分類。

(c)製品などの開発の段階に対応した分類:ユーザニーズの分析、技術動向予測、新製品の企画、基本設計、詳細設計、製造プロセス、品質保証など。

(d)問題の目標による分類:新製品の開発、新機能の実現、性能の向上、軽量化、品質問題の解決、コストの削減、環境への考慮、など。

(e)問題解決の技法や解法モデルに直結した分類:最適化、微分方程式法、など。

  これらのそれぞれの分類に対して、問題を解決していくための科学技術の体系が創られてきているのは、読者の皆さんの周知のことである。

1.2 アルトシュラーの問題分類法

  アルトシュラーの目標は、広範な技術的問題に普遍的に適用でき、それでいてできるだけ具体的な指針を示せるようにすることであった。そこで彼が選んだのは、(d)の問題の目標による分類をずっと精緻化したものであった。

  彼は、「現在のシステムのどのような側面を改良しようとしているのか?」で問題をまず分類することを考えた。特許の分析から、そのような側面をできるだけ網羅し、体系化する。彼は39の側面を選んだ。

  またアルトシュラーは当初から、「矛盾の克服」こそが発明なのだという考え方を持っていた。上記の「目標の側面」の考えと、「矛盾」の概念が結びついたとき、「別の側面が悪化することが、目標の側面の改良を妨げている」のが、技術領域での矛盾の典型だと考えた。

  これは西側でも、「二つの側面のトレードオフ」の問題としてよく知られている。一方の側面をよくしようとすると、他方の側面が悪くなる。このようなジレンマに対して、西側諸国では「両者のバランスを取り、最適化する」ことに研究の努力を集中した。

  アルトシュラーは、このような矛盾を「技術的矛盾」と呼び、そのような矛盾を解決している優れた発明のエッセンスを「発明原理」の言葉で整理する努力をしたのである。

2.  アルトシュラーの矛盾マトリックス:構成法と使い方

2.1 アルトシュラーによる作成法

  アルトシュラーが作成した「矛盾マトリックス」のごく一部分を抜き出して、図1に例示した。マトリックスの全体は、左欄に「改良したいパラメータ」39項目を並べ、上段に「悪化するパラメータ」として同じ39項目を並べた、39×39の一覧表である。

  これを創るのに、アルトシュラーはまず39×39の枡目を持った空白の一覧表を用意し、左欄と上段に39のパラメータを書き込んだ。そして、一つ一つの特許(実際には旧ソ連の「著者証明」という書式の表紙ページという)を読んでいく。

  その特許がどんな側面を改良しようとしているのかを読み取り、39のパラメータから選択する。また、もし従来の方法でそれを改良しようとすると、どんな側面が悪化して困るのかを読み取り、それを39のパラメータで表現する。これでその特許の「問題」を39×39の枡目の一つに特定できた。

  さらに、この「技術的矛盾」を解決するのにこの特許が使ったアイデアのエッセンスを読み取り、それを「40の発明原理」の中から選び、この発明原理の番号を枡目に書き込む。

  このようにして、多数の特許(4万件とも言われる)を分析すると、各枡目ごとに、いままでに何回も使われた発明原理が浮かび上がる。そこで、各枡目で使用頻度の高い順に、トップ4個(まで)の発明原理の番号を記入した。

  図1は、そのようにして得られた「矛盾マトリックス」 [注1] の一部で、システム全体に関わるようなパラメータの部分を取り出して例示している。

[注1:筆者はこれを「矛盾解消マトリックス」と紹介し、その性格を明確にしようとした (1998年)。しかし、露語や英語で常に「矛盾マトリックス」と表現されているので、いまはその表現に従っている。]

2.2 矛盾マトリックスの使い方

  われわれが矛盾マトリックスを使うときの方法は、アルトシュラーが一つの特許についてやったのと同じことを、自分の問題に対して試みることである。

  自分がどんな側面を改良したいのかを、39のパラメータの中から選んで表現する [注:パラメータの一覧は後述]。また、通常の方法でそれを実現しようとすると、悪化して困る側面を39のパラメータから選ぶ。

  このようにして自分の問題を表現する枡目を見つけ、そこに示されている4個(まで)の発明原理を、ヒントとして用いる(ヒントとしての発明原理の用い方は、前回を参照)。

2.3 使い方の実際的な注意

  実際に使おうとすると、いくつかの注意が必要である。

・39のパラメータの説明をよく読み、適切なものを選ぶ。もしぴったりしない場合には、複数選ぶとよい。

・「悪化する側面」の捉え方は、(仮に)検討している手段によって異なるため、複数の手段を考え、複数のパラメータを選択するとよい。

・マトリックスから得られる発明原理は、「過去の発明者たちが同様の問題に対して採用して成功したことが多い発明原理」を示すものである。「同様の」といっても、どこまで近いかは不明である。

・ 示される発明原理は、あくまでも「ヒント」として考えるべきものであり、限定的に考えてはいけない。

2.4 矛盾マトリックスの評価の歴史  [参照: Boris Zlotin & Alla Zusman (2005) ]

  アルトシュラーは、1950年代、60年代にわたって数万〜数十万件の特許を分析して、1973年に矛盾マトリックスを完成させた。

  旧ソ連でTRIZに関心を持った人たちは、この矛盾マトリックスが、発明のノウハウに関する膨大な知識を圧縮した知識ベースであることを知り、感激した。

  しかし、しばらく使っている間に、これが推奨する発明原理の適切さに関する疑問が生じた。この適切さに最も不満を感じたのが、アルトシュラー自身であった。

  アルトシュラーは、もっとよい技法の探索に集中し、「物理的矛盾」の概念とその解決法(「分離原理」および「ARIZ」など)を開発していった。

  彼は1973年以降矛盾マトリックスを改訂せず、歴史的な過去の方法であると評価した(このような評価はロシア出身のTRIZ専門家の一部にいまでも残っている)。

  しかし、1990年代にTRIZが西側に伝えられたとき、1970年代初めのTRIZが主として伝えられ、「矛盾マトリックスがTRIZの最高峰である」と感じさせる紹介が行われた。このため、欧米でも日本でも、TRIZでの問題解決にいつも矛盾マトリックスを使おうとする人たちをが多くいる。

3.  新版 Matrix 2003

3.1 Matrix 2003の作成

  最新の米国特許をデータにして、矛盾マトリックスを根底から刷新したのが、(いままでにも何回か述べているように)ベルギーのCREAX社と Darrell Mannである。

  彼らは、アルトシュラーの方法をベースにして、1985年以降の米国特許全件を分析し、新版の矛盾マトリックス「Matrix 2003」を開発した。その結果はソフトツールになっていると同時に、データブックとして安価に出版されている。[Darrell Mann 他著、中川徹訳、『TRIZ 実践と効用(2)新版矛盾マトリックス(Matrix 2003)』、創造開発イニシアチブ、2005年。参照: www.triz-jp.com

  以下にその改良点を述べる [参照: Darrell Mann & Simon Dewulf (2003)]。

3.2 Matrix 2003 のパラメータ

  新版では、パラメータが48個に拡張されており、表1に示すようである。パラメータの分類が明確になり、*印の9パラメータが追加され、パラメータの詳しい説明と関連語の表示があり、従来よりも選択しやすくなった。(表1)

3.3 問題から発明原理へよりやさしく

  改良したいパラメータを特定すれば、悪化するパラメータを特定していないでも、発明原理の推奨が得られる。これは「技術的矛盾」の概念から後退している面もあるが、1.2節の議論の初期の目的を明示したともいえる。

  矛盾マトリックスの対角線の枡目、すなわち、改良したいパラメータと悪化するパラメータが同一である枡目が、「物理的矛盾」を表す問題として捉えられた。一つの側面に対して正逆の対立する要求があるという矛盾である。これを「分離原理」によって解決する際に使うとよい発明原理を、このマトリックスとは別に、分離の条件で分類した一覧表の形で推奨している。

  各枡目に5〜10件の発明原理が推奨され、空白の枡目を無くしている。また、ソフトツールでは、各枡目の発明原理から、それを引き出した実際の特許にアクセスできるようにしてある。

3.4 Matrix2003の有効性の検証

  古典版とMatrix 2003とでは、同じ問題に対しても、推奨する発明原理がいろいろ異なる。例えば、「(静止物体の)強度を上げようとすると、重量が大きくなって困る」という非常に典型的な問題に対する推奨をみよう。古典版は、「40. 複合材料、26. コピーの利用、27. 高価な長寿命より安価な短寿命、1. 分割」を推奨した。新版は、「40. 複合材料、31. 多孔質材料、2. 分離、1. 分割」を推奨している。新版の方がずっと適切で、適用範囲が広い。

  いままでに新版マトリックスの有効性を最もしっかり検証しているのはDarrell Mann 自身である。彼は、2004年に発表された米国特許から100件を精選して分析し、古典版が推奨する発明原理よりも、新版が推奨する発明原理の方がずっと高い確率で、発明者が使った発明原理を含んでいることを示した。

  日本でも多くのユーザが比較してみて、新版がずっと使いやすいと報告している(ただし、科学的検証とまではいえない)。矛盾マトリックスを使うなら、ぜひ新版をお薦めする。

3.5 ソフト開発と非技術領域のための矛盾マトリックス

  Mann はまた、ソフトウェア開発の領域に特化した矛盾マトリックスを開発した。その要点は、パラメータをこの領域に関係したものに限定・修正し、特許その他のデータを再整理することである。Matrix 2003のデータの蓄積がパソコン上で統一的に行われていたので、この開発は容易であったという。

  彼らはまた、「ビジネスと経営」の領域でも、新しいデータを収集して、独自の「矛盾マトリックス」を開発済みである。さらに、「生物が創った革新」の領域に対しても、データの収集を行い、近く「矛盾マトリックス」を発表する予定であるという。興味深い。Darrell Mannによるこれらの新しい研究開発によって、アルトシュラーが考えて作ってみせた「矛盾マトリックス」という形式が、有効で有用な知識ベースの一つの形態として再認識されてきたといえる。

 

 今回でちょうど 1年になりました。読者の皆さんに励まされて、書き続けることができており、ありがたいと思っています。

  知識ベースを主体としたTRIZの話が一区切りしましたので、次回は簡単な事例を書かせていただこうと思っています。

 

 

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本ページの先頭 記事の最初 1. はじめに: 問題のタイプ 2. アルトシュラーの矛盾マトリックス 3. 新版 Matrix 2003

 

 

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第8回 Effects DB 第9回 技術進化のトレンド 第10回 機能から手段を知る 第11回 40の発明原理 今回 PDF 次回 (第13回) InterLabサイト TRIZ紹介のページ

 

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最終更新日 : 2006.11.29.     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp