Editorial

新元号「令和」の意味: 「令」+「和」は "Beautiful Harmony" か?

中川 徹 (『TRIZホームページ』編集者、大阪学院大学 名誉教授)

2019年 4月27日

掲載:  2019. 4.27

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  編集ノート (中川 徹、2019年 4月27日)       

4月1日の新元号「令和」の発表を受けてから、「令和」の意味を考えてきました。遅くなりましたが、ここに公表いたします。
お読みいただけますと幸いです。

目次: 

1.  はじめに
2.  政府の説明: 出典と新元号の意味
3.  「令」の意味: 漢和辞典から学ぶ
4.  「和」の意味: 漢和辞典から学ぶ
5.  「令和」=「Beautiful Harmony」 という説明の疑問点
6.  「令和」 = 「令」+「和」 = 「令シテ和セシメル」 = 「「令」によって「和」を作る」
7.  まとめ

 

本ページの先頭

1. はじめに

2. 政府の説明

3. 「令」の意味

4. 「和」の意味

5. 「Beautiful Harmony」?

6. 「令」+「和」

7. まとめ

 

 

 


 Editorial

 

新元号「令和」の意味: 「令」+「和」は "Beautiful Harmony" か?

2019年 4月27日   中川 徹

『TRIZホームページ』 Editorial

 

1. はじめに

去る4月1日に、政府は「平成」の次の元号を「令和(れいわ)」と決定し、発表しました。今上天皇(明仁)陛下の退位の意向を受けて、皇太子(徳仁)殿下の即位に合わせ、2019年5月1日より改元されます。

元号の決定過程として伝えられていますのは、政府が数名の有識者に複数原案の作成を依頼し、首相・官房長官他が内密に6案に絞り込んだ上で、4月1日の午前に9名の有識者に提示して意見を求め、衆参両院議長の意見を聞き、さらに全閣僚による閣議を経て、首相一任により決定し、同日正午過ぎに菅官房長官による発表と安倍晋三首相による説明が行われました。

首相の説明は、「令和」という語を、万葉集にある(漢文での序)「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして 気淑(きよ)く風(かぜ)和(やわら)ぎ、...」という文から採り、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味を込めている、とのことでした。

また、4月3日に外務省は、「令和」の意味を英文で「Beautiful Harmony」と説明するように、在外公館に指示を出しています。それは、「令」を「Beautiful(美しい)」の意、「和」を「Harmony (調和)」の意味と説明しているのです。

しかし、「令和」という二文字を初めて見たとき、ほとんどの国民は「違和感を持った」「意味が分からなかった」という感想を述べています。私も違和感を持ち、「令」+「和」の意味を調べて、考察したのが、本稿です。

2. 政府の説明: 出典と新元号の意味

安倍首相の説明は、「令和」という語を、『万葉集』巻五にある大伴旅人主催の観梅の宴での32首の和歌の(漢文での)序文から採ったと言います。

「初春令月 気淑風和 ... 」
([いま、ときは] 初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして 気淑(きよ)く風(かぜ)(やわら)ぎ、...)

この文の意味を少し調べてみると、次のようなことが分かりました。

ここで「令月」とは陰暦の二月のことです。
(陰暦二月は如月(きさらぎ)と習っていましたが、このような別の呼び方があることを私は初めて知りました。)

また、別の用法で、書面などに「令月令日」と書く日付の記法があるとのことです。
これは、現在でも日付に幅を持たせて「四月吉日」「五月吉日」などと書くのと同じ用法です。このときの「令月」を、「めでたい、縁起のよい月」の意味であるということはできますが、実はそれはいつでもよいのです。「めでたい、縁起のよいこと」をしたいときには、いつでも、(「吉日」と書くように)「令月」と書くのですから。

「令」が「うるわしい」「うつくしい」という語感を持つことについては、漢和辞書を学ぶ必要があり、つぎの3.で検討します。

上記の序で、「和」は「風やわらぎ」という表現で形容詞として出てきています。冬の強く厳しい寒風が、穏やかな暖かさが感じられるそよ風になってきたことを喜んでいるのです。

政府は、この序から二つの漢字「令」と「和」を取り出して、つないで「令和」とし、その意味を「うつくしい調和」と説明しているわけですが、出典中でそのような意味で使われているわけではありません。

結局、「令和」は造語であるとして、理解するのがよいでしょう。そして、その新しい造語がどのような意味とニュアンスを持つかを、考えてみることが必要です。それを、3.以下に考察します。

なお、政府は、新元号の出典として、従来の中国の古典から離れ、日本独自の古典として、万葉集を選びました。
ただ、万葉集のここの文章には、その元となった中国の古典の文章が二つあることが、知られてきました。古代の日本は、圧倒的な中国の文化を採り入れつつ進んできたのですから、特に漢詩の場合にそのようなお手本があったことは、自然なことでしょう。―出典の問題は本稿の焦点ではありません。

 

3. 「令」の意味: 漢和辞典から学ぶ

一番の問題は「令」という字の意味です。手元にある漢和辞典で学びました。

『学研 漢和大字典』 藤堂明保編、学習研究社刊、1978年初版、1989年第25刷

「令」という文字の成り立ちを示した箇所(「解字」)が最も興味深いもので、ここにコピーさせていただきます。

また、意味の部分は以下のようです。

   

 

これらの説明を総合すると、「令」という文字・語は、つぎのように理解されます。

「令」という文字は、「人々を集め、ひざまづかせて、神や君主の宣告を伝えるありさま」を示した(象形)会意文字である。

「令」が名詞として使われるときには、その宣告の内容を指し、「神のお告げ」、「君主の命令」、「役所の命令」、さらには「上位者の指示」などを意味する。

「令」が動詞として使われるときには、その宣告を伝え、指示するという行為を意味し、「神が告げる」、「君主が命じる」、「役所が命じる」、「上位者が指示する」などを意味する。
この際、それらの宣告・命令・指示を受ける人々は、その内容に従うべきことが、含意されている。

「令」が助動詞として使われるときには、対象の人々を「指示どおりに行動させる」ことを意味する。

「令」が形容詞として使われるときには、神のお告げや君主の命令や役所の命令が、「恭しく聞くべき、ありがたいもの、よいもの、すがすがしいものである」ことを意味している。
さらにこれから転じて、高貴な人、上位の人などの親族等に対する尊称に用いる(たとえば、「令嬢」、「令夫人」など)。ただし、この場合に、「高貴な人〇〇の令嬢」という形で使い、〇〇に対する尊称であって、その娘が「美しい」とか「よい」とかということを含意しない。

このように、「令」には一貫して、上からの命令・指示という概念がバックにあり、人々はそれに従うべきものと想定されています。この点でさらに、つぎのことに注目しておきます。

現代世界で、「法令」は大事な制度です。このうち、「法」は議会等で議論の上制定したもの(主として「法律」)を意味し、「令」は行政府がその判断で制定したものを意味するという、大きな違いがあります。

「令」が形容詞として、「よい」「すがすがしい」などの意味で使われることがありますが、上記のように「お上の命令」に対する受け取り方をバックにしています。また、転意した「令嬢」などの語にも、上下関係の意識が強く残っています。

 

4.「和」の意味: 漢和辞典から学ぶ

「和」という文字・語についても、漢和辞典から学んでおきましょう。少し簡単に書きます。

「和」の字の成り立ち: 禾は粟(あわ)の穂のまるくしなやかにたれたさまを描いた象形文字。窩(丸い穴)とも縁が近く、かどだたない意を含む。「和」は「口+禾」の会意兼形成文字。

訓読みでは、「和(やわらぎ)」: 丸くまとまった状態。(「平和」「調和」など)。
「和らぐ(やわらぐ)」、「和らげる(やわらげる)」: かどだたず、まるくおさまる、おさめる。(「和解」など)

「和む(なごむ)」: かどだたず、まるくおさまる。(「和解」など)
「和やかだ(なごやかだ)」: ゆったりとしてやわらいださま。(「温和」など)

また、「いっしょに解けあったさま。また、成分の異なるものをうまく配合する。また、その状態。」(「中和」など)

また、「日本のこと。また、日本語のこと。」

これらの説明から、「和」という状態が(字義として)、角立たず、丸くおさまり、ゆったりとした状態であることを知ります。その状態は、「平和」とか「調和」とかで表せるでしょう。

ただ、人々の「和」というときに、一人一人の考えや立場や活動がどのように取り込まれて、「角立たず、丸くおさまって」いるのか、そのような状態をどのようにして作るのかは、述べられていません。

5.「令和」=「Beautiful Harmony」 という説明の疑問点

「令和」の意味について、政府の説明を再確認すると以下のようです。

「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味を込めて、「令和」とした。

「令和」とは、「令=Beautiful」+「和=Harmony」 という意味である。

これらの説明で、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」とか、「Beautiful Harmony」とかは、きれいな言葉であり、国民にも世界各国にも受け入れられやすい標語です。

しかし、それらは「令和」という新しい造語が本来的に持っている意味の説明ではありません。

「和」を、「人々が美しく心を寄せ合う」状態と説明するのは(美辞麗句ではありますが)よいでしょう。しかし、それでは「令」の意味が説明されていません。

形容詞としての「令」は、単純に「Beautiful」 という意味ではありません。「お上(神・君主・政府など)から下されるありがたいもの」という意味で「よい」というときに使われる(そういうニュアンスを持つ)言葉です。

ですから、「令和」=「Beautiful Harmony」と英訳しているのは、「令」の持つ本当の意味(ニュアンス)を伝えていない訳である と言えます。外務省が練り上げた訳なのですから、単純に不十分な舌足らずの訳ではなく、意図的にニュアンスを隠した訳であると、思われます。

6. 「令和」 = 「令」+「和」 = 「令シテ和セシメル」 = 「「令」によって「和」を作る」

「令和」という新しい造語の意味は、「令」と「和」という二つの文字・語の持つ基本的な意味を合わせたものと理解されます。まず、それぞれの意味はつぎのようでした。

「令」は、「(君主・政府・上位者など)上からの命令・指示」が基本的な意味であり、「人々(臣民・国民・下位者)はその命令・指示に従うべきであり」、それを「ありがたいよいもの」として受け取るべきことが含意されています。
「令」に対する拒否・反抗・異議申し立てなどは、基本的に認められず、身の危険を意識せずには表明すらできないことが含意されています。

「和」は、「人々が、かどだたず、まるくおさまり、ゆったりとした(やわらいで、なごやかな)状態」がその基本的な意味です。個人どうしの集まり(組織)についても、組織(村や国など)どうしの集まりについても、言えます。
人々が調和し協調している状態、争い(戦争など)がない平和な状態を意味しています。
ひとつの「理想の状態」としてイメージされており、それをどのように実現するかは含意していません。

この二つを繋いで、「令」+「和」から「令和」という語を作ると、漢文的にはつぎの二つの解釈ができます。

「令」を動詞または助動詞と解釈すると:
「令和」は、 「令シテ和ス」、「和セシメル」(あるいはもっとくどく言うと、「令シテ和セシメル」)と読めます。これは、上からの指示で争わず和する・同調する(ようにする)という意味になります。

「令」を形容詞と解釈すると:
(神・君主・役所などから与えられる)ありがたい、よい「和」  という意味になります。

結局、両方とも、「令」によって「和」を作る (得る)ということです。

すなわち、「令和」とは、「令」というやり方(「上からの命令・指示」)によって、「和」という状態(「人々が争わず協調している状態)にしよう、それを目標にしよう、という意味ととれます。

7. まとめ

以上のように、調査・考察の結果、「令和」の基本的な意味は、「「令」によって「和」を作る」ことだと分かりました。

すなわち、「令」というやり方(「上からの命令・指示」)によって、「和」という状態(「人々が争わず協調している状態)にしよう、それを目標にしよう という意味ととれます。

単純に「Beautiful Harmony」という美しい理想を掲げているのでなく、それを「上からの命令・指示」で作って行こうというメッセージを含意しています。

この新元号が含意している目標が、民主主義の日本を発展させていくのに適当でしょうか?

私たち国民は、多くの課題を抱え、激動する内外の状況の中で、新しい時代にどのように進んで行くべきか?を深く考え、行動していかねばなりません。

 

本ページの先頭

1. はじめに

2. 政府の説明

3. 「令」の意味

4. 「和」の意味

5. 「Beautiful Harmony」?

6. 「令」+「和」

7. まとめ

 

 

 

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最終更新日 : 2019. 4.27    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp