大阪学院大学 外国語学部ホームページ
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IV. イギリス留学

1) イギリスの大学

アメリカでは1984年にアルコール類を購入したり、持ち運ぶことのできる年齢を21歳以上と定める法律ができました。自由にお酒を買い、飲めるのが大人の証明とするならば、大学を卒業する年齢の平均が21歳であるアメリカの大学生は皆未成年ということになります。アルコールを指標にして成年/未成年を決めることができるとすれば、イギリスの大学生は完全に大人扱いされています。その証拠にイギリスの大学のキャンパスではパブが営業しています。では、大人の大学生が学ぶイギリスの大学とはどんな大学なのでしょうか。アメリカの大学とはどこが、どのように異なっているのでしょうか。

Yahoo Directoryは、アメリカの大学を1625校、イギリスの大学を336校掲載しています。しかし、イギリスの大学にはアメリカのコミュニティ・カレッジに相当する職業教育専門の「大学」や教員養成のための特殊な大学も含まれています。日本人が留学の対象として考えることのできるイギリスの大学はおおよそ80校です。アメリカでもイギリスでも大学はuniversity/collegeですが、イギリス英語とアメリカ英語の違いと同様、イギリスとアメリカの大学にはかなりの違いが認められます。何よりも修了年限が異なっています。アメリカは日本同様、大学の修了年限は4年です。一方イギリスでは大学は3年で卒業できます。その理由を、London School of Economicsで長く教鞭を執った森嶋通夫は、新入生の学力が高いからだと言っています。イギリスの大学入学資格試験であるAレベルが難しいので、大学へ入学した時点で学生は日本やアメリカの大学二年生の学力があるという主張です。そのため、三年で大学を卒業できるのです。このことは、イギリス以外の国からイギリスの大学へ留学することが難しいということにもなります。実際、日本の高校を卒業したらアメリカの大学の一年生に入学できますが、イギリスの大学ではFoundation Courseを経由することが多いようです。このコースは、大学での勉強の基礎固めとして、将来専攻したい分野の基礎科目と併せてスタディ・スキルを学ぶ大学入学準備コースです。

ファウンデーション・コースの存在は、イギリスとアメリカの大学の違いをよく示していると思います。アメリカ留学編で述べたとおり、アメリカでは専攻の決め方はかなり自由です。ダブル・メイジャーやメイジャーとマイナーという専攻のしかたがあります。前者は複数の専攻科目を同じ比重で履修することです。英語とジャーナリズムは特に好まれるダブル・メイジャーです。一方の専攻科目をもう一方の専攻科目よりも多く履修するのがメイジャーとマイナーという選択です。途中での変更も可能です。このような勉強のしかたはイギリスの大学にはありません。入学の時点で専攻を決めるからです。ファウンデーション・コースから既に大学で学ぶ予定の専攻分野の科目の基礎を履修します。日本やアメリカの大学の基礎教育や教養教育は、イギリスでは中等教育で終了していて、大学では狭く、深く少数の専門分野を学ぶようになっているのです。

チャールズ皇太子とダイアナ妃の長男のウィリアム王子の例を挙げましょう。彼はよく知られたパブリック・スクールのイートン校を卒業しました。Aレベルは、地理と生物学と美術史を選択しています。彼が受験科目として選んだ美術史の試験は、70を超える設問の中から4問を選んで、3時間かけて解答するという、エッセイ式のテストです。3科目ですから、試験時間は合計9時間に達します。その時の美術史の問題は一般に公開されていますので、そのいくつかを紹介します。
(1) 「イングランドにある他のどのような建築物よりもダーラム大聖堂は、ノルマン様式の第一世代から第二世代への変遷をよく示している。」 この引用文に説明を加え、ダーラム大聖堂のいくつかの顕著な特徴について概略を述べよ。
(2) 黒死病がイングランドの美術に与えた影響を論じよ。
(3) 肖像画家としてのレンブラントかヴェラスケスの業績を詳述せよ。
(4) フランス絵画を例に挙げて、ロココ様式とは何か定義せよ。

(1)の設問にあるダーラム大聖堂は、イギリスでは現存する最古の大聖堂(cathedral)。礎石が置かれたのは1093年で、大聖堂の例に漏れず、完成に数百年を要しているので、ロマネスク様式とゴシック様式が混在しています。ロマネスク様式はイングランドでは、それを伝えたノルマン人の名を借りてノルマン様式と呼ばれます。ヨーロッパ大陸ではロマネスク→ゴシックと建築様式が移り変わったのに、イングランドではサクソン→ ゴシックという変遷が見られます。ですから、ロマネスク様式の教会堂や大聖堂は極めて希です。日本史に置き換えると、平安時代の建築様式を問う設問に相当するでしょうか。中身が難しいかどうかはさておいても、9時間という試験時間はAレベルの受験生がこれに絶えうる持続力や忍耐力を持っているという証拠ですから、この点では日本の同年齢の若者よりも優れているのではないでしょうか。教養を身につけるには、何よりもまず根気や持続力が大事ということをこの試験は受験生に教えているのかも知れません。とにかくこういう設問にウィリアム王子は解答し、スコットランドのSt. Andrews University/University of St. Andrewsへ入学しました。ただし、入学したのは一年後です。ギャップ・イヤーという制度を利用して、大学へ入学する前に社会経験を積んだのです。日本の大学の合格通知と違って、イギリスの大学のそれの「有効期限」は長いのです。セント・アンドリューズ大学入学後に、彼は最初専攻した美術史から、地理へ専攻を変更しますが、Upper-secondという、父親のチャールズ皇太子よりも優れた成績で卒業しました。

ダーラム大聖堂の身廊。太い柱がロマネスク様式の特徴をよく示している。

Aレベルの設問だけでなく、大学の成績の付け方もアメリカの大学とイギリスの大学の違いをよく示しています。アメリカの大学では、最近日本でも採用され始めたGPEを使います。一方、イギリスでは、First, Upper-Second, Lower-Second, Thirdという区分になっています。それぞれ、「他のすべてより優秀であり、独創性を有する」、「論理的である」、「焦点を絞っている」、「知識がある」という評価に対応しています。チャールズ皇太子のケンブリッジの卒業試験はLower-Secondでした。将来のイギリス国王は、独創的な能力には欠けていましたが、思いつくままだらだらと意見を述べているような答案は書かなかったということですね。この成績評価から、イギリスの高等教育機関では、広く浅くではなく、狭く深く学ぶものであることも理解できます。論理の展開や独創性を評価するということも明らかです。Aレベルでも、人まねではない独自の考えを論理的に展開した解答がよい点を付けられることになります。「自分の考えを表現すること」、「独創的であること」が重視されているのですが、日本では、小学校から大学入試まで、正答が一つであるような問題ばかり解かされます。そうしているうちに、イギリスで重視されるような知的側面が失われていくのです。イギリス留学を目指す人がまず心得ておくべきことです。

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