高原論文集: 第6集: [62D] Book B5 V17 2021.10.15

高原利生 論文集(第6集) [62D]

   『永久に未完成の哲学ノート』  Part D. 第一部 4.章 

4. 論理的網羅思考の内容と方法

高原利生、
『TRIZホームページ』最終寄稿、2021年10月15日

『TRIZホームページ』掲載、2022年 1月14日

掲載:2022. 1.14

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編集ノート (中川 徹、2021年 12月30日)

本ページは、高原利生さんの現段階での主著である  『永久に未完成の哲学ノート』 (B5版 17版)の、第1部の第4章です。著者が創り直してきた「新しい論理学(=新しい弁証法論理学)」の基本的な構造を論述しています。第3章で展開している「矛盾モデル(運動モデル)」という定式化が、著者が18年余をかけて創り上げてきた新しい概念です。読者の皆さんは著者の用語に馴染むのに困難を感じられることと思いますが、ご辛抱のうえ、意のあるところをお汲み取りください。

親ページとしては、「第6集 索引ページ」、[62] 「永久に未完成の哲学ノート 索引ページ」、および [62A]  「永久に未完成の哲学ノート 前書き&後書き部」、を参照ください。

本ページに掲載部分の目次は以下のようです。

未完成の哲学ノート 第一部:  論理学、世界観、生き方

4.論理である論理的網羅思考の内容と方法              p.48     PDF   

4.1 論理である論理的網羅思考の内容:全体、本質への指向       
4.2 論理的網羅思考の方法:粒度決定と推論      
4.3 論理の原理     

なお、著者が考察途中の状況や予備的な検討、未判断のことなどを注記した部分は濃青字のフォントにしています。
   この濃青字の指定を著者自身が明確にしている(Word原稿で濃青字のフォントを使っている)のが基本です。
   ただ、黒字フォントのままで、文意から、考察途中の状況、予備的な検討、未判断のことなどの注記であると思われる
      部分もいろいろあります。そのような場合に編集者(中川)の判断で濃青字にしている部分もあります。

なお、このページを掲載するの当たって、適切な紹介をし、また、内容についての感想・検討・推奨・批判などを(編集ノート後記などの形で)書くとよいのですが、非常に大きく深い内容ですので、しばらくペンディングにさせていただき、とりあえず収録・掲載することといたします。

 

本ページの先頭

4.論理である論理的網羅思考の内容と方法

4.1 論理である論理的網羅思考の内容:全体、本質への指向

4.2 論理的網羅思考の方法:粒度決定と推論

4.3 論理の原理 

 

 

4. PDF 

 

 

 

[62] 主著『哲学ノート』17版 親ページ

[62A]『哲学ノート』 前書き部/後書き部

[62B] 1.事実、基本概念、価値と思考

[62C] 2. 弁証法論理、3. 矛盾モデル

[62D] 4. 論理的網羅

[62E] 5. 対象化と一体化

[62F] 付 マルクス再考 他

 

[62G] 第二部 ポスト資本主義 [62] PDF

 


    

  高原利生論文集 (第6集)  [62D] Book B5  V17 Part D. 2021. 9.27

 

『永久に未完成の哲学ノート』  Part D. 第一部 4.章 

    

 4.論理である論理的網羅思考の内容と方法  [FIT2010-16] [TS2012] [THPJ2015/01]

 行為を左右する精神のはたらき方として感情と論理がある。本稿は論理だけを扱う。
まず論理学を作らねばならなかった。論理の単位が、関係命題、矛盾モデルであった。
次はその運用である。

    

4.1  論理である論理的網羅思の内容: 全体、本質への思考

1) 思考、議論機能、本質は、事実の認識や変更について、より良い新しい像を作ることである。2021.07.06
その構造、方法は「抽象化−推論−具体化」の連鎖である。実質的にこれをはじめて述べたのは、中川徹先生である(後述)。
抽象化は、無数の情報を持つ事柄の中から、今、解くことのできる「問題」(理想の目的,価値と事実の差)の定式化=矛盾(または関係命題)の粒度特定をするための運動である。2020.10.06,11.10 
問題把握には、目的,価値の(できれば網羅的把握の中の位置が明確になった)粒度把握と、それに対応する事実の網羅的粒度把握の双方が必要である。
従って、事実の正確な抽象化は、事実と価値をとらえる態度に依存する困難な作業である。

粒度の定まった問題を、矛盾(または関係命題)で表しその連鎖で結論を出すのが、推論という(狭義の)論理である。
矛盾モデルは関係命題と等価である。粒度設定を間違うと論理は必ず間違う。

推論で答えがでた後の具体化は、ある構造で実現できると終わる。

思考の大半は、意識していようがいまいが、意味のある並立を理解し論理の成り立つような粒度を決めることが占める。残りが、推論を進めて行くことである。
言い換えると推論がうまくいくように矛盾、命題の粒度を決めている。矛盾決定と推論という運動決定の二つは同時決定で行われる。

重要な命題の両立に、原因と結果の両立である発見、機能と実現構造の両立である発明がある。2021.04.05,08
このためのキーは両立を成立させる粒度である。
さらに議論の場合の前提は、お互いにこの両立を共有することである。

2) 論理である論理的網羅思考の内容は、事実と価値の大きな全体と本質を求め続ける思考である。
論理的網羅思考が始まるきっかけは、何か感じる、経験する、読む、書くことなどである。その感じる、経験する、読む、書く内容に、何か足りないという無意識の感覚、および意識的に網羅的なもの、全体を求める態度が、思考の原動力になる。読むこと、読み直すことは、考えることである。
何かの「全体」を常に求め直し続け、どんな短い文でも網羅的並列的「全体」を表現しているようにすること2020.12

論理的網羅思考の良いところは、扱うものの全体構造が、自然に透けて見えてくることである。
そして一見、今までの既存の意見とは全く違う結論が出る。

本稿は、論理を扱い、感情・感性を扱わないが、機能を実現する構造を作る点は、工学の設計も制度設計も芸術作品を作るのも同じである。

認識は、受け身ではなく仮説を立てて行う積極的行為である。
そうして、
        1 事象の並立が理解でき、
        2 変更や法則発見の思考ができる。
        3 議論も、相手の言の並立、整合性を理解して、はじめて批判ができるようになる。
相手が事実誤認をしている場合は、事実誤認の理由を把握した上で、事実を提示する必要がある2021.07.15

論理的網羅思考(の特に網羅の概念)が身に付くと、より事実と価値の全体を自動的に志向するようになる。
FIT2013は自動的に筆が進んで行く経験をした最初の論文だった。
これにより、新しい思考と古い思考、あるいは自分の思考と他の思考が、弁証法的止揚により統合されて新しい像ができ、既存の像が高い段階の像に作り替えられる。

生産労働では、客観世界に強制され、不十分であるにせよ弁証法的止揚は行われる2021.04.26

弁証法的止揚による思考や議論は、政治、行政、マスメディアなど、生産労働に直接関わらない領域においては、まだ、殆ど行われていない。かつ、政治、行政、マスメディアが実質、支配層を作っているという問題がある。
これらの領域では、あらゆる思考と対話がほぼ無効になっている。
今までの政治、行政、マスメディアなどにおける思考、対話の欠点は、既存のものの全否定、全肯定だけで、実質的に思考は進まず、議論は自分の意見の押し付けになり、相手の意見が自分の意見と同じだと安心し、違うと、相手が自分と違うのが気に入らないと表明して終わっている。

しかし、これは人類に可能性があるということである。これを変えると人類は画期的に進化する。変えられた集団、「国」は画期的に進歩する。
いかなる立場の人との議論でも、敬意を払うこと、相手の言が整合的に両立していることの把握は大前提で(可能ならどうしてその言が出てくるかを理解して)はじめて議論ができる。

民主主義は、論理である論理的網羅思考によって実現できる。
論理的網羅思考は、思考、議論の基礎であり、民主主義の基礎である。
論理的網羅思考が難しいということは、民主主義の実現が実は難しい、ということである。
多数決は例外的に非常手段としてはあり得る。

多数決が許されるのはどういう場合か、厳密な検討が必要である。

論理的網羅思考と矛盾による弁証法論理を普及させなければならない。
思考方法、世界観、世界観が規定する価値観、潜在意識は、生まれて以来、行政主導の「教育」やマスメディアに刷り込まれていて、知覚、生理さえその影響下にある。

上から与えられた民主主義は定着しておらず、日本の風潮は「空気を読む」「出る杭は打たれる」。
今、インターネットの普及で意見の対立が顕在化している。

論理的網羅思考は、世の評論家の意見が、容易に対象化できその限界が丸見えになる長所、そう見えてしまう欠点がある。
残念ながら、これは、論理的網羅思考をする人を孤立させてしまう。

    

4.2 論理的網羅思考の方法:粒度決定と推論

1) 準備

意識的な論理的網羅思考は、方法的には、抽象化という粒度決定の縦の論理1と、推論という横に進む論理、具体化という粒度決定の縦の論理2の連鎖である。これが本来の思考である。
中川徹先生の2005年の6箱方式 [中川Naka-2019]を、本来、思考の論理であると理解する。
中川先生は、この思考の構造を世界で最初に明示的に明らかにした。
私はFIT2014以降、箱の「状態」を「過程」に代えて述べている。
一般に発想法、発明方法論は、全て思考全般の方法で、発想、発明に限らず、生活や労働の改善、生き方の改善等、考えること全般に適用できる。

抽象と具象は単純な反対概念であるが、抽象化と具体化という運動は簡単ではない。
抽象化は、事実、物事という全部から、その一部を引き(抽き)出すという一見簡単なことである。
抽象化
は、今、扱うことのできる「問題」(理想の目的,価値と事実の差)(新しい機能が必要か,理想化が必要か,不具合を直す必要があるか)を抽出するための運動である。
無数の抽象化があり得る。2020.10.06, 2021.05.02

「問題」には、目的,価値の(できれば網羅的把握の中の位置が明確になった)粒度把握と、それに対応する事実の網羅的粒度把握の双方が必要である。
場合に応じた正確な抽象化は、物事を成り立たせている機能と構造の要素の二つの把握と、事実をどのような価値においてとらえようとしているかという態度に依存する困難な作業である。

例えば、鉛筆を機能でみると、紙のような何かに何かを付着させて記録するための手段である。この鉛筆の機能の抽象化は、例えば「大気中で、何かに何かを付着させ結果が見えるようにすること」を抽出することである。2020.11.15

推論で答えがでた後の具体化は、問題が生じた現実に応じて答えを現実に実現する。
具体化
は、抽出し特定した機能を実現する構造を作る運動である。
具体化は一つしかない。2020.11.15,2021.05.02

具体化は、次第に階層が細かくなっていく単純な流れではない。

教室−筆箱−鉛筆というのはある空間的視点から見た構造の階層であり、次第に具体的になっているようにみえるが、教室の中のある要素が筆箱、筆箱の中のある要素が鉛筆であるに過ぎない。それに、教室は、まず機能として制度であり、次いで制度の機能を実現する手段の一つとして部屋である。

 

2) 文、命題変更の種類、形式

1存在命題属性命題関係命題の区別 [THPJ2015-3]

命題は一文以上からなり、内容から、存在を表現する存在命題、オブジェクトの属性,機能を表現する属性命題、オブジェクト間の関係を表現する関係命題がある。
属性命題は、述語が静的な形容詞、動的な動詞であるので、適切な用語でないかもしれない。

関係命題は、二オブジェクト以上の関係,運動を扱い、次の二つがある。
        1 オブジェクト間の関係命題 演繹帰納
        2 条件命題 仮説設定[TS2011] [FIT2014,15] [THPJ2015/3]

これらが論理の単位である。

関係命題だけが矛盾で表される2019.09.06ので、とりあえず存在命題は形式論理に任せ、弁証法論理では関係命題だけを扱うことにした2019.09.28

注  関係する存在は ある という仮説を作る。
            私が何かを見れば、その何かはあるという仮説で考え行動する2020.05.21
属性を持つものは ある という仮説を作る2020.05.21
属性命題は、関係命題で扱うことができ属性は変更できる。

「われおもう。ゆえにわれあり」という言葉がある。(第2部)「われあり」は「神は実在する」と同様の存在命題である。従って本稿の弁証法論理では扱わない。
一方、制度における神は共有観念で、共有は共有主体間の関係であり、その生成は、物々交換と同様に扱える。(5章

もの の存在と、神などの共同観念内の存在は紛らわしい。2021.02.16

また、始めに、事実を存在と関係(運動)で網羅的に全体をとらえきるために存在を考え直し、ものと観念の固定的ととらえられるものを、ともに存在ととらえた。
この関係(運動)との対比でとらえる大きな存在と、存在命題の小さく限定した存在の区別も紛らわしい。2021.02.16

2. 形式: 主部、述部の変更

命題生成と命題変更がある。
命題変更だけを扱っているように見えるが、その過程における仮説設定が、命題生成である。
命題変更の目的は、今の命題を正しい命題に変更することである。

"正しい"を「正しい」と書いている時もある。正しさはいつも相対的であることを示すためである。

命題の変更の起動力は、目的と現実の差異で、手段は、論理的網羅からの選択である。

推論は、判断,命題を変更するための逐次思考である。

変更には、同じ属性粒度の別の大きな又は小さな空間時間粒度への変更(帰納と演繹)と、同じ空間時間粒度内の異なった属性粒度への変更(仮説設定)がある、と書いていたが分からなくなってきた。
網羅できていない、又は正しい網羅でないかもしれない 2021.03.23

判断、命題の主部、述部の変更形式は次のとおり。[FIT2011]

21. 判断の主部と述部の構造そのままで変更

判断の主部、述部の
        1 属性を変化させる、
        2 属性を削除する、
        3 属性を追加する。

22. 判断の主部と述部の構造を変更

判断の主部、述部について、同じ述部が成立する主部を網羅し新しい主部とする(より大きな粒度(抽象化具体化の程度)の主部に置き換える)。
こうできると主部と述部は、同じ内容となり、言い換えとなる場合がある。そうして主部と述部を入れ替えると定義になる。

例: 存在は他の存在と相互作用するという命題(カント、マルクス)から、存在の定義を作る。
例: 商品は属性の集合体だという資本論第1章の把握を一般化し、存在またはオブジェクトの定義に拡張する。

23. 判断のインプットアウトプットの要素、条件の要素を網羅し変更

判断のインプット、アウトプットの要素、条件の要素を網羅し、それぞれと全体の粒度(抽象化具体化の度合い)を変化、削除,生成する。
        例:質量転化の法則の拡張。[FIT2009][FIT2011改]

3) 演繹、帰納の歴史、従来の定義

今の帰納と演繹などの命題の説明は、従来の形式論理の定義とそれ以外の定義が混在している。

例えば、論理に「演繹と帰納がある」という説明もあり、「演繹、帰納、仮説設定がある」という説明もある。ここでは両方を扱う

(分類1)事実の
                1 歴史的積み重ねの把握、
                2 歴史的変化,論理の把握、
                3

条件を実現する行為から、それぞれ
         1 帰納induction(こうであればこうである、雑な表現である。以下も同じ)、
         2 演繹deduction(この論理であればこの論理である)、
         3 仮説設定abduction(こう変えればこうなる:二つのサブ命題が、条件たる前件と結論たる後件になる)
が生まれ論理の原型ができていく。
なお、仮説設定は、仮説的推論など別の訳もある。
演繹は、事実の歴史的変化の蓄積からの「原因と結果」などの規則性把握によるもの、
           論理の把握による
2種がある。2020.05.21, 11.30。

(分類2)
(1) 命題の別の小さな空間時間粒度の命題への変更である演繹a一般の特殊化 [石本新 ニッポニカ]である。この演繹aでは情報が増えない)と
「「原因と結果」などの規則性把握に基づいた正しい」推論の連鎖による(関係)命題の変更である演繹b

(形式論理でない「因果関係」の法則利用の推論以外の正確な推論もあるかもしれない。)

(2) 粒度の命題の別の大きな粒度の命題への変更である帰納特殊の一般化 [石本新 ニッポニカ]である。この帰納は必ずしも正確でない)、

(3) 同じ属性粒度の命題の、別の空間時間粒度への変更、または同じ空間時間粒度内の別の属性粒度への変更である仮説設定特殊の別の特殊化である。)
         (演繹bはここに入れるべきかも?2020.11.19)。

[DIA] [FIT2014] [FIT2015改] [THPJ2015/3改]

:世の演繹、帰納の説明は多いが、その内容はバラバラである。特に演繹には、大きく上に書いた二種の説明がある。前のほうの演繹の定義は、形式論理上の定義である。

「人は必ず死ぬ。私は人である。だから(小さな空間時間粒度の)私は必ず死ぬ」といった通俗的な三段論法の例に、aとbの二様の説明が行われる。

 

4) 演繹、帰納の問題と解決

1.演繹、帰納の問題

問題は、次の、従来の演繹b、帰納の問題を解決することである。

(1) 演繹bの定義の正しさは、条件や、原因−結果の粒度に依存している場合がある。この定義の正しい条件を求めること。

(2) 従来の演繹a,bの二つの定義の関係を明らかにし、情報の増える正確な演繹を作ること。

(3) 従来の帰納は、物理的網羅ができないため類推であり厳密でないことが多い。厳密な帰納を作ること。

2.解決:形式論理以外の推論を仮説設定に統合する [IPSJ2021改]

問題を再検討し、演繹、帰納、仮説設定を統合する単純な仮説を述べる。

(今までの改版は、概ね前の内容を保ちながら豊かにしていった。しかし7版の内容が違っていたので8版で書き直した。9版で8版の「一般−特殊」と「抽象−具象」の記述を書き直した。演繹と帰納が仮説設定で統一される理由に3種類あることが分かった。それを書いたがうまい書き方ではない2021.08.31

21. 準備1

混同されやすいのは「一般−特殊」と「抽象−具象」である。

具象から抽出されたものが抽象なので、抽象は具象より論理的内容は必ず貧しい。同じことだが具象は抽象より内容は必ず豊かである。これは、今まで言われてきたことである。 2021.01.09

しかし、特殊、個別から抽出されたのが一般、普遍だから、一般、普遍は特殊、個別より内容は貧しいとは言えない。
一般、普遍は、特殊、個別に、粒度の普遍性が加わるため豊かであり得る。
これは、普遍性の論理的作用が大きいからである。(前に似ている抽象化と具体化を述べた) 2020.12.18, 01.17, 2021.05.02, 07.06, 08.05

なお、従来用いられている「一般−特殊−個別」は、単に「一般−特殊」を細分化したもので無駄である。というより、一般−特殊の相対性を意識させないならむしろ有害になる。2020.09.23,11.30

22. 準備2

(1) 推論の正しさは、推論を行うものの価値観、粒度と論理的網羅の正しさに依存する。

(2) その上で、一般、特殊の相対性の扱いを活用する。一般、特殊の差は相対的で曖昧である。

例えば、一般的命題にはさらに一般的普遍的な命題があり、特殊的命題にもさらに特殊な命題がある。2020.09.23, 10.19, 2021.01.09 
何となく普遍のほうが一般より普遍的だが、ここでは「一般−特殊」と「普遍−個別」をほぼ同じ意味で扱う。論理的網羅の粒度の大きい命題が一般的、普遍的命題であり、論理的網羅の粒度の小さい命題が特殊的、個別的命題である。

23. 検討の第1段階: 個々の推論の論理的網羅による改善 [FIT2014, 15]

(1) 形式論理上の演繹aは単に形式的な一般の特殊化である。

変更のしようがないようにみえるが、論理的網羅を活用することはできる。(未検討) 2021.08.22

(2) 正しい推論の連鎖による演繹bは、論理的網羅による仮説設定を行うことでより正確になる。

例1: 因果関係の法則的認識による原因を仮説として演繹を行う。
例2: 両立矛盾から条件を狭めて一体型矛盾を作る。2020.09.26

(3) 従来の帰納の無条件の一般化を、論理的網羅の結果によって選んだ条件での一般化に代えることでより正確になる。
従来の単なる今までの状態の延長を、要因の論理的網羅の結果によって過去から選んだ似た状態の延長に代えることでより正確になる。

例:今後の気象を予測するのに、今までと似た気圧、気温、風速、海水温と同じ過去の気象のデータのパターンを選びその後の気象データを使う。

この例では、今までの状態が,今後の状態であるという類推が、今までの状態と同じ型を持っていたものの、その後の状態が今後の状態であるという推論に代わっている。2020.10.17, 2021.01.08  
こうすれば、もう命題の一般化ではなくなり仮説設定である。これ自体が、演繹と帰納が仮説設定で統一される理由にもなっている。2021.08.26

24. 検討の第2段階: 仮説設定で統一

一般、特殊の区別は相対的なので、特殊を極限まで拡大し、仮説設定(特殊化の別の特殊化)に、演繹(一般の特殊化)、帰納(特殊の一般化)を含ませる。[IPSJ2021改] 2021.04.06 

分かりにくいので別の言い方をする(こちらのほうが良いかも)。
仮説設定は、一般的な 条件−その実現 であり、演繹、帰納は特別な 条件−その実現 であるので、仮説設定は、演繹、帰納を含む。2021.08.23

こうして形式論理以外の推論である演繹、帰納、仮説設定を、論理的網羅のもとに仮説設定で統一する。2020.08.24, 10.11, 11.19, (2021).08.26

論理的網羅と、一般と特殊の実際上の相対性の二つに依存している推論なので、完全ではないが、人が行いうる,より善い推論が得られる。2020.10.02, 2021.04.06

推論を仮説設定だけに限ると「矛盾−矛盾の解」を「関係命題−推論」と同じように使え、矛盾(運動)モデルの今までの知見が活かせる。2020.10.24

全ての過程を、論理的網羅によって行えば、問題が改善する。どのような粒度と網羅を行ったかを明示するのが良い2020.05.10
論理的網羅により決定する矛盾モデル(関係命題)と、論理的網羅による仮説設定による矛盾両立の求解2020.09.16が推論となる。

この論理の厳密さ正しさは、論理的網羅の中から選ばれた粒度(抽象化具体化の度合い)と推論の二つの正しさに依存して決まるヒューリスティックな推論である。

推論、矛盾の求解(仮説設定)は、次のように機能と構造生成が多い。
            (外れるのが対象化と一体化のような概念変更)である。2021.07.01
       1 認識については、
             11 自然の擬人的な機能と構造発見、
             12 人世界の機能と構造発見   (例:物々交換という制度の開始)と、
       2 操作変更については、
             21 自然の変更における機能と構造生成、
             22 生き方における価値実現における機能と構造生成。2021.07.01

例えば、価値実現のための事実変更の場合、次の順に行う。
       1 価値を目的に具体化した目的と現実の矛盾モデルの生成を行い機能の変更
                (例: 部屋の温度が低いので暖めようとする。
                       エンジンの出力を大きくしようとする)、
       2 その副作用回避ともとの解の両立矛盾モデルの生成
               (例:エンジンの出力大と軽量化の両立)、
       3 機能と実現構造の矛盾モデルの生成と解
               (例:エンジンの軽量化を実現する構造生成)。
       [TS2010,12] [THPJ2012]

事実のより正確な法則認識も、自分の思考の変更も、他人の批判も同様にできる。
これ自体、容易ではない。
内容は例えば [LB 階層的TRIZアルゴリズム] に詳しく述べられている。

3.本稿の案の考察、今後の課題

論理的網羅による仮説設定という論理学の積極的態度は、自分でやってみないと身に着かない。

それ故、今のあるべき生き方、社会を作っていく原動力になる。
同時に、今の世界の問題解決の基本原理でもある。

論理学が主導して、哲学(論理学と世界観)、生き方、全世界の社会は、将来、基本が共通され、かつ個は多様に個性を伸ばしていき、同時に世界は発展していく。2021.01.09

本稿の案は(価値と事実の)論理的網羅が正しい限り近似的に正しい推論である。

問題は、価値と事実の論理的網羅がされた中から選ばれた粒度の正しさの基準が、今のところ個人毎に異なっていることである。
例えば、本稿で述べている網羅は、すべての人が納得してはいないだろう。
これが、実際上、今の論理的網羅思考の限界である。

全く普及していないが、考えること、書くこと(芸術作品を除く)は推論をすることである。
論理的網羅の粒度の正しさと推論が命題の正しさを決める。
新しい命題の新しい意味が重要さを決める。

    

4.3 論理の原理   [FIT2013] [THPJ2015/01]

最低限の共有すべき論理の原理をまとめる。
二種の原理がある。細かなオブジェクト操作の原理
                         粗い論理の全体原理である。

まず個々のオブジェクトを操作する細かな粒度の原理がある。
TRIZの「40の発明原理」(経験則)[THPI2015/2]を、[TS2008等]でやや体系的に見直した。
この40の原理を、構造だけの原理に代える。
点線下線は「40」に類似表現がある
下線はTRIZの40の発明原理に含まれていない。

( (1) オブジェクトについての操作網羅し直し粒度変更(抽象度の変更)を削除し、次の全体原理に含むことを明確にする。2021.05.27

(2) オブジェクトの操作 オブジェクト追加、取り去り、置き換え。オブジェクト分割、統合。二項を関係させる[SB]、これらの重要な応用;仲介(媒介)、入れ子。

あまり検討は進んでいない。
これらについて、中川、古謝、三原の「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの 5解法に単純化する」[https://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2002NakaPapers/ETRIA02USIT0209/ETRIA02USIT020905.html ] [TS2008等]がある。優れた内容である。
見直す必要があるかもしれないが行っていない。

もう一つは論理の全体原理である。
目の前には必ず 粒度(空間時間、属性)の一部 がある。
その扱いの基本は、
        1) 粒度と網羅の原理である。
        2) ここから全体への三つの道がある。
              2.1) 部分からより大きな全体を求める客観的内容
              2.2) 主観的態度(理想的には、部分からも全体が見えることも目指す。2020.12.11)、
              2.3) 全体に向けての解決方法。次は、これをまとめた論理の構造である。

      3) 最後に今、横行しているほとんどである 負の論理をまとめる。

なお、平松民平さんから教えていただいた「吉田民人ゼミ13条」がある。
全体への態度をほぼ網羅するすばらしいものである。しかし何か足りない気がすると平松さんにメールで書いた。
以下が、一応、網羅に近いと思う結果である。まだ改善が必要である。

 

1) 粒度、網羅の原理  [TKHR 54]

1.粒度、網羅について

論理を成立させる単位(粒)の内容を決めるのが、粒度(抽象度具体化の程度)である。
扱うオブジェクトは、無限の事実から、ある粒度によって切り取られる。
普通、人は粒度を全く意識しない。

有効な思考の大半は、意識していようがいまいが、意味のある論理の成り立つ粒度を決める抽象化が占める。
残りが、仮説設定という推論を進めて行くことである。
粒度決定と推論を進めていくことは、同時進行の過程かもしれない。
オブジェクトの正しい特定から、より全体的本質的な認識像、変更の像の生成に進むことができる。

11.粒度の原理1: 粒度変更により全体へ

何事にも、
     全体は何か、
     全体の構造(要素間の関係)は何か、
     要素は何か、
という両方向(要素が新しい全体になる方向、全体が新しい要素になる方向)の全体に向かって続いていく三つの課題がある。
空間、時間、属性のそれぞれの全体
がある2021.02.23,03.23。

例えば今、注目するオブジェクト−上位の大きなオブジェクト−さらにより上位の大きなオブジェクト、というように続いていく。

これは思考や議論の基礎として本質的に重要で、すべての人とコンピュータに有用である。

粒度と網羅のうち、粒度が基本である。しかし網羅も方法上、大きな役割を果たす。
これらが論理的網羅思考の重要さを生む。
粒度、網羅は、以下各段階に共通に重要である。

12.粒度の原理2: オブジェクト、関係の一般化 2021.07.17

扱っているオブジェクトを一般化できないか,考える。
     例: 「商品は属性を持つ」(資本論)を、「あらゆるオブジェクトは属性を持つ」に変える。
扱っている関係(例えば法則)を一般化できないか,考える。

13.粒度特定のタイミング

意識的な粒度特定のタイミングは、理想的には、、考え判断する時、問題をとらえ、解を出すあらゆる時である。
実際には、個人の場合すぐに解の出ない問題に時間をかけ取り組む時、
       議論の場合自分の意見を相手に述べ粒度を示し説得する場合
に限られる。

もう一つの、時に行う価値、真理、基本概念の粒度見直しタイミングがよく分からない。
一週に一度とかタイミングを決めておいたほうが粒度の必要性を忘れないかもしれない。

粒度決定時の「問題」は、理想の価値と事実の差であるから、
    価値の(できれば網羅的把握の中の位置が明確になった)粒度把握の結果と、
    それに対応する事実の網羅的粒度把握
が必要である。

新しい結論が出るまでは、粒度を変えないで、仮の仮説設定を繰り返す。
結論が出たら、それは新しい粒度が確定したということである。
小さな問題の場合、問題は粒度が決まれば解決できる。

大きな問題の解決は検討し始めたが完全な答えは出ていない [ISPJ2017]

 

2.論理的網羅という論理,方法

本稿ができたのは、前提として「歴史と論理の(大まかな)一致」という仮説と
             「論理的網羅」を徹底して考えたことによる。
「歴史と論理の(大まかな)一致」は前提なので、論理的方法としては「論理的網羅」だけである。
「論理的網羅」の結果は仮説であり、常に見直しが必要である。
論理的網羅思考の内容は、事実と価値の本質、真理を論理的網羅的に求め続けることである。

21.網羅1: 推論における網羅の利用

推論の中核が論理的網羅なので、網羅は粒度とともに重要である。

22.網羅2: 思考の手段(思考の出発点で全体把握のための網羅と思考の途中経過での網羅)

(1) 何事も、全体は何か、全体の構造(要素の関係)は何か、要素は何かという三つの網羅がある。
        1. 要素が、新しい全体になり次に行く場合、全体が何かの要素になり次に行く場合、
        2. 認識の場合、構造生成の場合
がある2020.08.11

網羅は全体思考の出発点になる。網羅によって必ず今より大きい全体が得られる。

例: 本稿の事実などの網羅的全体把握。
     本稿の矛盾の全体把握。
     本稿の論理学の構築方法。
     本稿の世界観の構築、その出発点になった対象化と一体化での網羅。
     本稿の生き方提案。

次のような問題は、小中時代から身につけるのが良い。

[東洋経済online 『頭の良い人は「何を、どのように」考える』
具体的で自分に近い話=ミクロの話と、抽象的で自分から遠い話=マクロの話。
この2つを普段から意識して思考する習慣があるかどうか。
2020.08.14]

(2) 例えば、今書いている文の節区分、書く内容が、全体の構造が見えるように、扱っている事象を網羅するようにする。

例えば
1.思いつくまま列挙した断片について、
2.個々の項目に名前を付け、関係を明らかにし、
3.全体の中に位置づけ、
4.足りないものを追加して網羅する。2020.11.01 
平松さんの[HT2020]についてメールのやりとりをした時、こうした。

23.網羅3: 概念の網羅

(1) 存在と運動(関係)。事実の要素が、存在と運動(関係)の二つに分化する。
両方に含まれるのが時間なので、時間が主導するという仮説ができる。これは、「状態より過程が良い」等の仮説に合う。

(2) 対象化と一体化: お互いに真の反対物である入れ子の網羅。もともと同一で後に分化した。

24.網羅4: 目的の網羅 [TS2007]

(1) 価値を具体化する目的は、新しい機能を作ること、問題の不具合解消、理想化のいずれかである。
これらは相対的でどれでも目的にすることができる。
これは網羅され、全てダブっている

25.網羅5: 目的と手段の同時網羅

新しい生き方の中に新しい論理学を作ることを作ることが入り、自分の生き方と新しい社会を作ることを同時過程にする。2021.08.05

 

3.網羅の三段階の応用 [FIT2013] [FIT2012]

31.論理的網羅それ自体の有用さ、厳密な仮説設定

あらゆるものの個別の網羅は実際上、不可能である。
だが型(種類)の網羅が構造的網羅的に行われれば、厳密な仮説設定が厳密な推論を構築する可能性が生じる。[RDI] [FIT2012]

次のいずれかから新しい発見、意味のある変更が得られる。

(1) 同じ粒度(抽象化具体化の度合い)の網羅による発見、変更

文について、粒度(抽象化)を意識的に明確にし、主部述部の
        1) 属性を変化させる、
        2) 属性を削除する、
        3) 属性を追加する
ことが必要な例は多い。特に、3) の例は多い。[TS2011改]

例: 矛盾の型の網羅は、運動の種類を網羅、拡張した例である。[FIT2008-12] [TS2008-12]
      [FIT2009] の量質転化の法則の拡張。

(2) 新しい粒度(抽象化具体化の度合い)での関係の発見、変更  
        例: 生産力と生産構造、生産の機能と構造の矛盾。
             進化の法則の発見。

32. 論理的網羅思考単独の思考サイクルによる有用さ [THPJ2012]

設計は、機能、負の機能、構造の三者を次第に具体化し両立させていく作業であり、
論理的網羅思考のサイクルの例である [ISPJ1994][LB, A-E章]

33. 矛盾と論理的網羅思考の相互作用による認識と行動の進行[FIT2013改] 

変更についても、認識特に法則の認識にも有用である。
        例: [FIT2016]、本稿の対象化と一体化の矛盾の発見。

 

4. 網羅の把握の困難さ

空間、時間、属性の粒度、網羅の把握は難しい。
粒度(抽象化具体化の程度)と網羅は、普通意識されていない。

(1) オブジェクトの粒度
        → 網羅された当オブジェクトを含む全オブジェクトの粒度
            → その一段上の全オブジェクトにおける粒度
                → さらにそれより上のオブジェクトにおける粒度
を決めないといけない、というように続く、
またこの逆方向に続くからである。
実際には、全体の中の位置把握にとどめないといけない場合が多いが理想は網羅である。

(2) 一直線に並ぶ目の前のオブジェクトの網羅のように簡単にいかない。
世界の事実、人の認識は日々変化し、実現可能な価値も時間をかけて変化している。

(3) 事実自体の空間的複雑さ、
    事実自体の時間的複雑さ、
    ある現象に関係しているのがどの現象なのか、
    自分が価値としているものが事実のどういう粒度(抽象化具体化の程度)と関係しているか
がよく分からない。

網羅の対象も、単純な直列、並列だけではなく木構造、入れ子構造も含む複雑な構造を認識して後、決めなければならない。

 

2) 論理の全体原理

2.1) 客観的内容

1. より大きな価値と全体を求める1: 条件より内容。大きな価値が優先

11. 条件より内容が良い。
条件より目的、内容の問題の方が圧倒的に重要である。

例:今2019‐21年の働き方改革の欠点は条件改善だけになっている点にある。
働く目的が金儲けで人の主観的幸せと客観的価値増大ではないことが心に重圧を与えていることが主問題である。
今の労働運動は、ただ労働条件改善運動である。

12. 大きな価値が小さな価値に優先。
価値についての原理は、空間的、時間的、機能(属性)的に大きな価値が小さな価値に優先する。[THPJ2015/1,2]

本稿では、種の存続−個の生−個の属性という実現価値の大きさの系列を前提にしている。
国は入っていない。
衣食住の水準の向上は、「個の生」の価値の向上である。
大きくいうと、歴史は、今まで、小さな価値の実現から、より大きな価値の実現をし続けて来た。

「種の存続−個の生−個の属性」の三つの中にも階層があり、
空間的、時間的、機能(属性)的に大きな価値と小さな価値をうまくとらえられてない。

例: ヨーロッパでは死刑廃止が主流である。日本は死刑賛成が大勢である。
   人の遺伝子操作も問題になっている。
   人の生死以外の全ての日常にも、これに類する多くの課題がある。
   2018年に、人を殺す判断をAIに任せて無人で行うことの是非が問われたが、平行線が続いた。

2より大きな価値と全体を求める2: 過程重視

(1) 同じ意見を共有する人の集団より、考える方法の共有の集団が良い。

(2) 個々の行動より常なる態度が良い
         例: 聖書「山上の垂訓」、
               「ヨハネの第一の手紙3章 15節『兄弟を憎む者は皆、人殺しです』」2019.11.27, 2019.12.22, 24

(3) 存在、その状態より、関係(運動)、過程が良い

一般に、理想を、ある水準を超える状態だと考えると、努力を持続してもいつまで経っても理想は得られない。努力が不可欠である。
これも時間から述べた理想への近づき方である。

理想は状態ではなく、努力の運動、過程であると言う意味の文が「ドイツイデオロギー」にある。

マルクスとエンゲルスは「『共産主義』とは「つくりだされるべき何らかの状態、現実が則るべき何らかの理想ではない。(中略)現実の状態を廃止する現実的な運動のことである」と語った。[DI p.68]

ここでのマルクスとエンゲルスによる理想への態度は正しい。
ただ、共産主義の二人の把握内容は完全ではなかった。彼らの解は完全でない。
この引用は理想のあり方について語られた内容でありその限りで正しい。
宮沢賢治が1926年に「農民芸術概論綱要」で「永久の未完成これ完成である」と似たような表現をした。
マルクスとエンゲルスは、これより80年ほど早い。
ある人から「これを知るを知ると為し、知らざるは知らざると為す、これ知るなり」(論語)という文があることを知らされた。Iさんのブログ内であるが、Iさんに消されてしまった(第2部)。

実は、「理想は状態でなく運動、過程である」ととらえることが、生きる態度にどう繋がるのかと自問し、答えが出るのに一日かかった。普通の人には自明なのかもしれないが書いておく。

生きる態度は、今の一瞬の「態度−方法−行動または認識」という連鎖の中の一番はじめにある。

「態度−方法−行動または認識」の全ての要素が運動、過程であるとより整合的な全体ができる。

これから次のようになる。全部を完全に求めることはいつまで経ってもできないので関連する努力をいつまでも続けるしかない。これは空間的関連と時間から述べた理想への近づき方である。

以上は、理想とそれを求める方法だけについてだけではない。法則や原理を求めること、全ての人が幸せにならないと誰も幸せにならないことについても同じである。
さらに、複数の課題解決を必要とする生き方のような大きな問題の場合、全ての人、少なくとも多くの人の努力が要ることになる。

空間と時間の二面から同じ結論が出る。関連する全部の課題の努力を常に続ける必要がある。

3.常識を捨て、論理のゼロベースと事実のゼロベースで考える

ゼロベースに二つ意味がある。

31. 事実のゼロベース;

今の事実である現実は、宇宙誕生以来今までの歴史の網羅的総括である。
常識を捨て、今をゼロとし現実を細部までそのまま認め、これからの変化、過程を重要視する。
この根拠は、今の事実である現実は、論理によるのであれ、偶然の微細な差異によるのであれ、
     宇宙誕生以来の歴史の網羅的総括であり、細部にも意味がある、ことによる。

32. 論理のゼロベース;

分からない時はゼロから考え直し網羅し直す。
価値、目的、論理を見直してみる。
問題解決、矛盾の解は、価値を具体化した目的と現実の差異解消を行うものが大半である。
価値、目的、論理が違っていると、当然、正しい解は出ない。
実際に、価値、目的、現実把握が違っていることは非常に多い。

例:お金を価値とする資本主義の矛盾の解は、生産手段の社会的所有、管理ではなく、お金だけが価値でないポスト資本主義に進むことである。

個々の検討で、今までの検討のさらに一段階上の問題の検討をしている際に、今までの内容の間違い、修正点に気づくことが多い。
これから「より大きい課題を考えることは、無意識に今までの総括をしている」という仮説ができる。

論理的網羅的に考えることは、既存の改良でなく、過去の客観と思考の歴史全体の総括によるこの二つのゼロベースでの再構築である。
既存のものの改良より、ゼロからの再構築が結果は必ず同等か優れている。
既存の思考資産を使えないという欠点はある。
結果重視か、物理的資産は必ず活用しながら既存の思考資産重視か、の程度は問題の根本性に依存する。

 

2.2) 主観的態度: 事実と価値の見直し、自己対象化と他オブジェクトとの一体化による全体化

1. 常に事実と価値の見直し

11. 事実、価値の空間的論理的相対性ゆえの態度

事実にも、価値にも、論理(または方法)にも事実や価値の法則性にも、そのそれぞれに、より大きく正しい本質、全体がある。
空間的な事実と価値の全部を完全に求めることも、いつまでかかってもできない。
だから努力をいつまでも続けるしかない。
より大きく正しい価値と真実を求め続けなければならない。

例: 「歎異抄」の「悪人」。

12. 変化性ゆえの態度

価値も事実も長い時間粒度(抽象化具体化の度合い)で変化している。
時間的に事実と価値の全体、本質は、いつまで経っても完全にはよく分からない。
だから努力をいつまでも続けるしかない。

ヘーゲルが「悪とは歴史の発展の推進力が現れる形式」と述べ、エンゲルスもフォイエルバッハ論[F]で賛成し論理を展開している。
これは、今の価値が常に新しい価値に代わっていくという前提で述べたものである。
誤解される表現だが、価値の見直しが常に必要であることの、極端ではあるが別表現と言えなくもない。
彼らの善悪の価値と、本稿の種の存続、個人の生、生の属性である自由と愛という価値は粒度が異なる。
どちらも正しい。従って、今の価値の見直しも時々行う必要がある。

事実も、より大きな粒度(抽象化具体化の度合い)に変更し、見直しを続けなければならない。
国についての態度などである。

13. 関連性ゆえの態度

弁証法的世界観では、あらゆる物事が相互に関係しながら、運動、変化をしている。
内容の本質、全体を理解し全ての個々の問題を同時に解く必要がある。
事実の各粒度(時間空間、属性)も、価値の各粒度(時間空間、属性)も、論理(または方法)もお互いに関係している。
そして、法則性は、事実の各粒度(時間空間、属性)にも、価値の各粒度(時間空間、属性)にも論理(方法)にもある。
これらを定式化することを、永遠に続ける必要がある。これらは同時にしか求められない。

個々の結果を得ることもさることながら、内容的には、同時に全てを求めようとすることが不可欠であり次第に可能になっていく。
当たり前かもしれないことが自分にとって大きな発見であった。

2. 自己対象化と他オブジェクトとの一体化による全体化

さらに、まだよく分からない次の問題がある。

人の属性についての価値である自由と愛については、誠実さを前提としている。
(客観的な)口先だけ善を装う偽善、人を騙す欺瞞は、誠実でない最たるものである。
多くの場合は、偽善・欺瞞であることを意図せず意識もせず、結果として偽善・欺瞞になってしまう場合が多い。
もちろん意図的な偽善・欺瞞もある。両方が客観的偽善・欺瞞である。

問題は、「価値の大きなものが優先」という「原理・原則」をそのまま機械的に適用すると、より大きな正しい価値、「大義」のために「偽善・欺瞞」である手段を取ることがあり得る、実際にも多いが、これが良いのか?ということである。
形だけ「大きな価値が小さな価値に優先する」と、テロや諜報界の無法を正当化する場合がある。

これを扱う大きな原理がない。 そのためにも、自分を相対化し続けより大きな全体を求め続けなければならない。
自己、自組織、自「国」の対象化,相対化、相手を含む他オブジェクトとの一体化意識、敬意が、常に同時に必要である。
これは全体を求めないと一部も得られない好例でもある。

知識を持つと、その知識についての実現にも非実現にも責任が生じる。

だから、自由になればなるほど、自由になって得た力は、自己を対象化,相対化し相手やと他のものと一体になり、相手や他のもののために使わなければならない。

ほっておくと人間は必ずしもそうせず、自分のためだけに使いがちになる。
一体になるものを、親子や国に広げるのではなく赤の他人や他国に広げなければならない。

実は、この文を、親子や国に広げる「だけではなく」と書き始めかけた。
「国」に広げるのは当然だろうか?
自分の「国」と他の「国」を同格に扱う気持ちにならないと、つまり、国を県や市と同様に扱うようにならないと戦争はなくならないのではないか?
今の「国」を誰も疑っていない。
注意しないと「一体化」を単純には扱えない例である。
戦前の「忠君愛国」も一体化であった。
「忠君愛国」は全否定すべきか?それともかつての「忠君愛国」だけが間違っていたのか?
今は、全政党全マスメディアが国家第一主義であるが、オリンピック中継でアナウンサーの愛国心押し売りに嫌気を感じる人も増えた。
国を相対化することは必須である。

価値と事実を対象化相対化する態度が常に必要である。
自分を対象化相対化し続け、より大きな全体を求め続けなければならないが、
その中で自己、自組織、自「国」の対象化,相対化、相手を含む他オブジェクトとの一体化意識、敬意が、常に同時に必要である。
これは全体を求めないと一部も得られない好例でもある。2020.05.10
対象化と一体化、自由と愛の統一の実現がより大きく新しい価値を作る。
一体化、愛は扱う範囲、対象化範囲を広げる最大の手段である。

2.3) 解決方法

1.方法1: 極限を考える

あるものの粒度を、極限まで変えてみて
    1 そうしたらどうなるか考える。
    2 その実現のための手段を考える

(1)  概念を極限まで変えてみる。

例:一般、特殊の区別は相対的なので、特殊を極限まで拡大し、仮説設定(特殊化の別の特殊化)に演繹(一般の特殊化)、帰納(特殊の一般化)を含ませる。[IPSJ2021改] 2021.03.18  

(2)  もし手段があるとしたらどういう形のものだろうかと考えてみる。

数学で、任意の関数がもし級数の和で求められるとしたらどういう形になっているだろうかという、およそ数学とは関係ない発想をした人がいた。
この工学的発想でテーラー展開などが生まれ、その後、級数の和で求められる条件などの全体も分かっていった。
この発想から、デルタ関数、虚数などが生まれた。

2. 方法2:全体と部分の方法原理

21 問題はなるべくローカルに処理するのがよい。

小さい粒度、範囲のままで問題をなるべく広げず個別に解決するのが良い。
エネルギーと もの はローカルに処理が完結するのが合理的であるのと同じである。
第二部 ポスト資本主義の準備のところで触れる。

充分な検討が進んでいない。部分が全体になっていることを目指す。2020.12.11

22. 複雑な問題の解決

(1) 本来の空間的態度1: 大まかな解から細かい解に移る。
          例: [IPSJ1991]、本稿2021.02.13

(2) 本来の空間的態度2: 全体に貢献するように部分を解く。全体の中の位置を知って解く。

問題の内容の本質を理解し、全ての個々の問題を同時に部分毎に統一的に解決する。
あらゆる物事は、相互に関係しながら、運動、変化をしている。
したがって、内容の本質全体を理解し全ての個々の問題を同時に解く。
しばしば、
        1 大きな問題を網羅的に分割し、分けた個々の領域で(自動的に)論理を展開して行くと、全体像が分からなくなる、
        2 しかしその中で、全体の構成部分の複数の粒度(抽象化の度合い)の統一的同時成立が解決に近づく、というサイクルがあった。[FIT2016]

(3) とりあえず空間的部分の解決、より大きな問題としての解決

問題が解けない場合、
        1 問題を部分に分け、部分を解決していく、それに行き詰ったら、別の部分の問題を解いてみる、
        2 より大きな問題としてとらえ直してみる。
    問題は関係し合っているので、どちらもお互いに有用である。
    3 より大きな問題の解決に、部分の解決が役立つことがある。
        例:推論を仮説設定で統一する検討(4.2節)。2021.04.07

(4) 副作用の時間的解決

何かを変えると通常副作用が生じる。それを解消するための変更をする。
これは普通の機能と構造の矛盾の場合と同じである。何をする場合にも当てはまる。

3. 方法3 : 一体型矛盾

発展する一体型矛盾を見付ける。究極的根本的手段は一体型矛盾である。

例: 哲学の中の弁証法論理学と世界観、この例は、弁証法論理学が世界観より優位で2項が対等でない例である。3章参照。

 

3) 負の原理: 判断を間違わせ、相手を騙し騙される経験原理

論理的網羅思考に反し、誤判断を起こす、あるいは相手を騙す経験則をまとめる。

1. 事実の粒度の間違い:

例の一般化、例を証明に使うこと、部分だけを取り出してそれが全体だと一般化する。
これらは極めて多い。殆どだと言ってもいいくらいである。

2. 価値の粒度の間違い:

感情に入り込み易い小さな価値の問題を大きな価値と思い込む、あるいは思わせること、自集団の価値が普遍的と思わせることなど。

3. 感情、論理、行動のすり替え、誹謗中傷は多くの型があるが網羅できていない。

31. 感情のすり替え

1.,2.等とあいまって、宗教上の折伏などに利用される。

感情を利用して小説「異邦人」の主人公から虚無主義の生き方を作り上げる例があった。
私は、この虚無主義を肯定する美文[http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-1373.html] から抜け出すのに2,3日かかった。
人は、努力して結果を得る論理,哲学、生き方が身についていないと、努力せず楽をする生き方に惹かれてしまう。
難しいのは、自分の態度になってしまった、この対象化しにくい 内なる陰湿な敵への対処である。
彼は、この敵を、努力する論理,生き方を知らないため報われなかった時を代償に、合理化し半ば本気で外に出した。
この美文で、多くが努力しない気楽な生き方を意識するようになった。
このブログを初めて読んだ時、私は、努力して結果を得る論理,哲学、生き方が身についていなかった。 2021.02.11,03.05

32 論理のすり替え

(1) 相手の言に悪意を含んだレッテルを貼る。

(2) 相手が正当な理由で発した言を、悪意でそう言ったと言い張る。

(3) 相手を誤解しあるいは誤解したふりをし、相手が間違っていると言い張る。
     あるいは混乱して理解し、混乱していると言う。
これらは多い。政党などが堂々と使いマスメディアが同調する。
批判対象の意図を理解した上で批判するのがよい。

例:  何年か前、関西電力が『原発推進のため、原発を再稼働させないと夏の電力需要が満たせず、停電を余儀なくされる』と言ったことがある。実際は停電せずに済んだ。
「左翼」政党は、電力会社をうそをついたと非難した。
実際は、省エネが行われ、電力会社は、停止していた旧型火力発電を再開させるなど必死の努力をし、停電を防いだ。

例:  うろ覚えだが、旧民主党の某氏の質問に、法務省の役人が、東京地検の前の検事長はなくてはならない人だったと国会で証言した。某氏は、当検事長の退任後、退任後に同氏がいなくなり何か困ったことがあったかと役人に質問したら「特になかった」という答えだった。
これらを某氏は「矛盾」していると非難した。
これも努力で乗り切ったのである。

この二つは、野党の劣化の例である。2020.08.13  

33 行動のすり替え

(1) 行動すり替えに、単純な軍部、諜報部門、外務部門の政治力学、政治心理学戦略がある。

例えば、外部に敵対物を作り対立しながら自分の組織の発展のために帰属意識を高め内部を団結させる。
今の「国」は資本主義が作った「国民国家」で、国を管理するために他国を排除する「愛国心」も作られた。
日本の右派、リベラル、(ごく一部を除く)左派の全てが「愛国」であり、かつこれが作られた固定観念であることを自覚していない。
昔からある宗教内部の対立、覇権争い、戦後作られた資本主義国家と「社会主義」国家の対立、9.11事件以降のアメリカと「イスラム」の対立など は、明らかな「作られた」共同幻想であり、普及している。

諜報部門の問題には下記の例がある。

(1) 自らが自国で行う非公表超合法の行為(「平和的」な知識人や世論への働きかけ)、

(2) 外国で行う非公表の行為
         (政権転覆クーデターの支援、
           騙しやすい精神構造の原理主義宗教などのテロを支援し戦争を起こさせる行為[Tana]
           特に敵の弱点把握による働きかけ、
                例えばカジノ統合型リゾートIRでは、米中の、相手国の政治家や官僚などの弱点把握による働きかけ等)

(3) やり過ぎて失敗し元と正反対の目的を達成する。
     昔から内部の一部が挑発して全体を故意にやり過ぎ失敗させること。今も多い[Tana]

1., 2., 3. は、労働以外の日常の判断の大半を占めている。
1,2,3の全てについて、この間違いを直す努力が必要である。
また、特に2と3は、対象化と一体化の統一ができればなくなる。
このことで、対象化と一体化の統一という、一見将来の遠い課題と思っている内容の実現していないことが、現実の殆どの論理を支配していることに気づく。2020.10.20,12.08

 

 

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[62A]『哲学ノート』 前書き部/後書き部

[62B] 1.事実、基本概念、価値と思考

[62C] 2. 弁証法論理、3. 矛盾モデル

[62D] 4. 論理的網羅

[62E] 5. 対象化と一体化

[62F] 付 マルクス再考 他

 

[62G] 第二部 ポスト資本主義 [62] PDF

 

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(第5集)2018-19

 

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最終更新日:  2022.1.14    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp